胃のかたち
上田信治による俳句研究。
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ただいま切り貼り中
多くの表現は、受け手による感情移入を、力とする。
俳句に感情移入があるとすれば、それは多くの場合「作者」の心と想定されるものに対してなされる。たとえば〈赤い椿白い椿と落ちにけり〉とあれば、それを書いた前後に碧梧桐さんの心がどう動いたかを、想像し同調するように読む、ということが可能だが、それはしなくてもいいことだ。
(………)
「何を書くかではなくどう書くか」「俳句はあくまで言葉である」というテーゼは、もうすでに、ちょっと言われすぎた。「どう書くか」で勝負する俳句は、結局、分るもの同士の技の出し合いになり、そこからは、なかなか名句が生まれない。
(………)
読者はそれを見て「おもしろい人だなあ」と思う。
作品は、読まれるときと、書かれるときに、同じ楽しまれ方をするものだ。
ということは、作者は、書きながら「おもしろい人だなあ、自分は」と、思い直しているのだ、きっと!

今、書いている、短い文章で、書いてみて使わなそうな断片を、カット&ペースト。
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