胃のかたち
上田信治による俳句研究。
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俳壇(つづき)
「俳壇」について、一部でご好評を得たので、続けます。

1.「評判記」から「俳壇」なる仮想の空間が生まれた、という把握が可能なら、「俳壇」はジャーナリズムの作品であるといえる。
2.しかし「俳壇」とジャーナリズムの関係は、そこで転倒している。「評判」を決める主体が、見物衆orジャーナリズムから、「俳壇」自身へと移行しているのだ。
3.表現ジャンルが、新奇なものの価値をいち早く認める「玄人」の受け手を必要とする、ということはあると思う。(土屋賢二「猫とロボットとモーツァルト」に詳しい)
4.ジャーナリズム、またはコマーシャリズムの自律的商売活動を、「玄人の評価」と「○壇的評価」が補完するというあたりが、いちおう健全というか、いい線なんではないかと思うが、どうか。
5.ミシュランの星を、料理人が「自分たちで決める」と言いだせば、どういうことになるか。
6.かくて「俳壇」は「名望の分配装置」となる。
7.茶話会のお菓子を配るように、俳壇的地位が分配されている。
8.作家が、作家の評価を決めて何が悪いかって? いや、それに文句はないのだが。
9.なんかいろんなことが「空気」で決まってる気がして、気持ち悪いンである。
10.とりあえず、総合誌に書く作家の顔ぶれって、何とかなんないんですかね。
11,ま、「俳壇など無きがごとくに振る舞うが吉」という、以前出した結論に、変更ナシ、です。新人賞は、ジャーナリズムへの登録だから、あれ。


天気さんブログ/「俳壇」の機能?
http://tenki00.exblog.jp/d2006-03-24
田島さんブログ/俳壇について(1)(2と3もあります)
http://moon.ap.teacup.com/tajima/147.html
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コメント
この記事へのコメント
田島さんの記事で
ステキだったフレーズ。
「俳壇」という言葉は、空気のようなものというふうにも考えうる、という把握を示された後、

「『花壇』ぐらいのニュアンスですね」

いいなあ、花壇のような俳壇。
2006/03/25(土) 16:39:08 | URL | 信治 #tl9rY.2.[ 編集]
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信治さんの「俳壇論」の第2弾↓http://uedas.blog38.fc2.com/blog-entry-43.htmlこの際、トラックバックを楽しく行き交わせたりして(にこにこ)。「俳壇」とジャーナリズムの関係は、そこで転倒している。「評判」を決める主体が、見物衆orジャーナリズムから、「俳壇」自
2006/03/25(土) 23:30:46 | 俳句的日常 come rain or come shine
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