胃のかたち
上田信治による俳句研究。
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虚子ですなあ(改)
「鷹」の500号記念号の付録『愚昧論ノート/俳句以前のこと 藤田湘子』を、面白く読む。例の「一日十句」の決意にいたるこの俳論二編の、かなりの部分が、虚子について考えることに割かれている。

湘子は『愚昧論ノート』で、虚子のいわゆる「小諸時代」の作品について「夥しい駄句の群がたった一握りの佳句を支えている」と書いている。湘子が例に挙げて「俳句とよぶことを憚られる」とまで言う「駄句」を、悪趣味とは思いつつ、ちょっと孫引きします。
  
   雪晴の空に浅間の煙かな   虚子 
   夏の浜人出少なく淋しけれ  〃

んー、だめですか。だめですね。

   水仙の花生け会に規約なし  虚子

これはちょっと、おもしろくないですか? 句会だったら、ぼくはたぶん短冊が回ってきた時点で笑いが止らなくなって、いただいてしまいます。

   年の暮日を間違えて一日損  虚子

いま、総合誌って、こういう句がいっぱい載ってますよね。

現在の俳句のある部分が、虚子の「駄句」の影響下にあるとしたら(どうも、そんな気がする)、それは、虚子の「駄句」の存在意義を認めた、藤田湘子の影響もあるのかもしれません。寝た子を起こした、というか。もちろんそれは、湘子の本意とかけ離れたことなのでしょうが。

『俳句以前のこと』では、湘子が「数分の店頭での立読みで」忘れられなくなったという、「ホトトギス」昭和二十一年二月号の巻頭近く(第二席)の句について、書かれている。

   可笑しがりふとんが床にずり落ちさう 間 晃
   別れいやふとんに顔を埋めていや   〃

何日か前このブログで、爽波、杞陽だけが、甘やかされていたかのように書いてしまった後、ほんとうのところは、当時の雑詠欄に当ってみないと分かんないな、と気になっていたのです。これは、そうとう変な句の系譜がありそうですね。

いやいや、おもしろいわ、虚子。
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