胃のかたち
上田信治による俳句研究。
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感覚の交響(2)
聴覚とその他の感覚が、交響している句。

   かげろふの来てさわがしき障子かな 前田普羅

「かげろふ」は「障子」のどちらにいるのか分からないけれど、見えていない感じ。障子ごしの光線の明るさ。「かげろふ」の紙に触れる「音」と、その「接触感」のようなものが、からみ合っている。
虫のシズル感………。

   ふところに鳴る菓子袋雪降れり  長谷川双魚

「菓子」の音が、冷えていく(!)。「ふところ」に「菓子」がある嬉しさが、微量の「温かさ」として感じられ、そしてその「嬉しさ」も冷えていく。

「投げし音耳に返りし慈善鍋 阿波野青畝」では、聴覚が、運動感覚と結ばれており、「日盛りに蝶のふれ合ふ音すなり 松瀬青々」では、聞こえない音を視覚を通じて聞いている。

「春なれや梵音発すフライパン 小澤實」は(おそらく)聞こえていない音を「季感を通じて聞く」という変なことをしている。


「俳句は宿命として絵画と甚だ似通ったものである」(虚子俳話)ということは、重々、承知。視覚優位のその裏で、聴覚は他の感覚ともつれ合って、なにかを、やらかしているようだ。(ラストあいまい)
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