胃のかたち
上田信治による俳句研究。
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俳句を読む
きのうの続き。補足。

俳句の、もっとも豊かな富は、ああいうものが「読める」「分る」ことのうちにある。(*0)
すべての表現は、送り手と受け手の共同作業だが、俳句は、とりわけ受け手の主導権が強い。または、仕事量が多い。(*1)

ときどき海鳥で、体が重すぎて、地べたから飛び立つのにひどく苦労する、不細工な(愛しげな)鳥がいる。そういう鳥は、断崖絶壁のある島などに棲んでいて、崖の上から位置エネルギーを利用して滑空し、必要な浮力を得るのだが、俳句も、この鳥と同様である(長いたとえだ)。そうとう読者の「力」を借りないと、地べたから、飛び立てない。(*2)

読者が表現に与える「力」とは「分かろう」という欲望である。そして、俳句はことさらに、読者をわずかに先行し鼻先をかすめ「分かろう」という欲望を惹起しなければ、どこにも行けないという類の表現なのだ。(*3)

つまり俳句は、必要条件として「謎」でなければならない。「分る」句は、だめなのよ。(*4)


   鶏頭の十四五本もありぬべし   正岡子規


*0. だから、実作指導によって、指導を受ける人たちの「読み」が汚れるのがいやなんです。
*1. 送り手の仕事量が多い表現ほど、読み手が楽、と誰かが言ってた。例・少年マンガ。
*2. 現代詩とか、現代美術とか、現代音楽とかも。「現代」がつくと、受け手の仕事量が多くなる。
*3. 先へ行きすぎると「出鱈目」になる。「謎」と「出鱈目」の境目は、読者が自分のレベルに合わせて決める。
*4. そういえば、上田の句は、わりと分かりやすいですよね。それは、困りました。
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