胃のかたち
上田信治による俳句研究。
201706<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201708
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
複雑
季語についての前記事、こちらこちらで触れていただき、田島さんの探求は続いているし、話は転々、楽しいことこの上なし。

天気さんから「複雑」というところがわかりにくいというご指摘があり、もともと「後述する」と書いていたポイントでもあるので、フォローを試みたい。とはいえ、これは最近の自分にとっての、鍵概念なので、ゆるゆるとアプローチ。

0.「複雑」は、とりあえず「平板」の反対概念である。
1.世界はしばしば「平板」であり、人間の思考内容は、しばしば「平板」である。そして、失敗した表現は、例外なく「平板」である。
2.つまり失敗した表現には、「複雑」が足りなかったのだ、と、まずは言ってみる。
3.ところで、成功したチョコレートやワインは、例外なく「複雑」である。
4.前もって経験されたチョコレートやワインとの、差異をこそ味わうべく、享受者の舌が条件付けられているために、それらの品もマニエリスティックな発展をとげたのだ、と説明はできるが。(俳句も?)
5.食べ飲みしていて感じるのは、どうも、その「複雑」の処理で、脳がいっぱいいっぱいになるときに、感じる「快美」というものがあるということだ。
6.あるいは、楽器演奏を聴くときに、そこにふくまれるニュアンスを、できるかぎり聴きとろうとして、感覚を細分化していくとき、感じる「快美」。
7.ククーッ、となる、あのかんじ。
8.言語表現においても、それらに同等の「快美」の経験はおとずれる。
9.それはもう、ふつうに「美」と言っても「外部」と言ってもさしつかえないのだが、そういったものの闖入を、テクニカルにあつかいたいという希望があって、以前にも「どこかから複雑さを呼びこむということが、表現全般の急所なのかもしれない。」(こちら)と、書いた。
10.自分は「複雑」という語に、より一般的な意味と、より個人的な意味をもたせて使っていたようで、天気さんにわかりにくいと言われるわけだ。
11.ただ、ちょっとそれを、「ひとつとしてあつかってみる」というアイデアを、転がしているところなのです。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
「複雑」がこんがらがったざんす
こんにちは。きょうは俳句の日なんですね。

ほとんどは、よくわかります。「もたらされる」複雑さということ。

>季語という独立部分があることは、俳句という「文」の統辞を、ひどく複雑にする
という部分がよく呑み込めなかったのです。

ですが、引いていただいた龍太の記事を読み返して、信治さんのおっしゃっている統辞の複雑さは、重層性etcと結び付くわけね、了解に近づきました。

私は、エレガンスから出発させたこともあって、ちょっとこんがらがってしまったのかもしれません。

ところで、俳句の日に俳句を捻るのは、とっても非・俳句的ですが、これから句会に出かけます。暑い。
2006/08/19(土) 11:39:52 | URL | てんき #iZL8muj2[ 編集]
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。