胃のかたち
上田信治による俳句研究。
201706<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201708
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「魚座」の俳句(2)
承前
今井杏太郎の方法の、パッと見てとれる特徴は、内容を最小限にすることだ。

俳句の少ない音数を満たすにも足らないほどの内容が、持続感を保ちつつ、十七音に引き延ばされて、そこに糸を張ったようなテンションが生まれる。
その十七音は、言い過ぎないことで佶屈さとは無縁であり、むしろ日常言語に近い滑らかさに執着する。そこに、また、定型との軽い緊張関係が生まれている。

さらに、その滑らかな語のつながりに、ほんの少量のへんなところがある。
たとえば、(1)であげた、もう一つの句、

   珈琲を吹いて飲むとき日の盛り 杏太郎

この句のばあいは、「とき」の二文字が、聞かせどころだ。内容は「日の盛り」に「珈琲を吹いて飲む」というだけである。そこを「飲むとき」と言うことで、この句は、事象とその時間的背景の提示という書割り的構図から、身をよじるようにして逃れている。

   谷底にかたまつてゐる桜かな  杏太郎

今月号の「魚座」で作者が紹介している旧作だが、この句も棒球のように見せて、「ゐる」のあたりが、かすかにおかしい。それらは、作者によって句が「ひねられた」痕跡であり、そのかすかな抵抗感は(定型との緊張関係とともに)言葉が読まれつつ越えてゆく「谷」を形成している。

(この項つづく)
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。