胃のかたち
上田信治による俳句研究。
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佐藤文香「霧吹」「圧す力」を読む
佐藤文香の、芝不器男賞100句中、評者がこぞってとりあげた「青に触れ紫に触れ日記買ふ」を、自分はあまり買わない。このことだけでも、ぼくの目が曲がっていることは保証されているので、あまり当てにせずに聞いてほしいのだが、掲句は非常にふつうのことを、きれいな言い方で言っているだけのように見える。
言葉はすてきなんだけど、ワンダーが足りないというか。

もちろん「青に触れ」は対馬康子も櫂未知子も小澤實もほめてるんだから、方向はそっちでも間違っていないのだろう。でも、それだけが佐藤文香ではないことを、自分は知っている。

じゃ、お前の言うワンダーのある句ってどういうのよ、と言われれば、例えば「霧吹」50句中の、こういう句。

  霧吹の口淋しくて春の宵
  つちふるや造船所より犬出で来
  包まれて軽き春画よ年の内
  夕暮の長き若布を洗ひけり
  あけぼのの宝石類や花の雨
  越谷に火事つつましく終りけり
  晩春の焼く火と煮る火となり合ふ

「霧吹」の句。「口」が「淋し」を呼び、「淋し」が「春の宵」を呼んで、ほわーっとひとつの景色になりつつ、残るのは、霧吹の口を見ているばかばかしさ≒淋しさ。
「つちふるや」。「犬」を出したら「造船所」のがらんとした非人情な感じが、書けちゃったという、この偶然ぶりがワンダーである。
「包まれて」は、「春画」の軽さもすてきだが、「年の内」という納めかたが、頭おかしくてよい。心急かるるなか、春画を出したり包んだりしている、年末の空白気分。
「あけぼのの」は三要素を等分に並べる書きぶりで、春の雨に「あけぼの」が染みとおるようだ(『類や』て、君…という、つっこみを待たれている気もする)。

ようするに自分は、言葉が運動して、どこかあらぬところへ着地することを期待しているのだろう。

そう、着地。佐藤文香の句には、句が、句の中で着地点を探しているふうがある。この作者は、一句をあるところから書き始めたとして、言い終わりと考え終りが同時、という書き方をしているのではないか。
その着地点は、句によって、一語の措辞であったり(「水音のゆたかなる絵を片陰に」の「絵」、「蜜豆の緻密な黒を掬ひけり」の「緻密」)、季語であったり(「煮魚の目玉こぼるる四日かな」の「四日」)とうとつなイメージの展開であったり(「初夢に見る上代の魚市場」の「魚市場」)と、多様である。
「青に触れ」の句は、「日記買ふ」という行為にともなう一般的感情に着地しているのが、ぼくには物足りなかったのだろう。

ところで、うってかわって「圧す力」50句。

  学生は釦を拾ふ春の宵
  みつちりと合挽肉や春の海
  白玉へ匙で与へる圧す力
  水中り鉄の多くは長きまま
  後ろから来て藤棚を見上げたり
  新しき簾の芯を思ひけり
  銀行に海の来てゐる晩夏光
  我が歌にまづあなたとて鬼灯よ
  歯科の夜のいつも何かに水溢れ
  半夏生蟹蒲鉾の赤々と

力まかせ、ワンダーまかせの句が多く、ふつうの句が少ない。
「合挽肉」が「春の海」へ着地するとは、だれも思わない。「白玉」を圧して、それでそれが全部だとは、だれも思わない。
「我が歌に」。統辞がばらばらになりつつ、リズムも崩壊しつつ、なにか女の情念のパロディのような、暗黒日本舞踊というものが、もしあるのならそのような。

こんな暴れ気味のステップをふみながら、デタラメにならず、きっちりなんらかのイメージや感触を造形しえている。それは作者の無意識の貯金の多さというか、詩性の強さというようなものだろう。

ずいぶん個人的な嗜好で、間違った方向への展開を希望してしまっているかもしれないが、佐藤文香には、あらぬところへ行かずとも、たいへんケッコーな句がある。

  鉄棒の下のくぼみや明易し      「霧吹」
  密漁のごとくに濡れて冬の薔薇
  春の波人の近くに終るなり
  うづくまれば小さくなるなり花野原  「圧す力」
  明るさの重なる岸や蔦紅葉
  焼菓子と夕焼置かれある卓よ

ケッコーを極めて、ワンダーに至る句群だと思う。

  
  
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コメント
この記事へのコメント
あ、
ワンダーというのは、穂村弘の用語です、たしか。

ほむほむ好きの、作者にサービス。
2006/12/01(金) 16:56:51 | URL | 信治 #tl9rY.2.[ 編集]
ありがとうございます。
ワンダー好きです、そろそろワンダーから現実に戻る予定です。
2006/12/07(木) 09:48:12 | URL | あやか #fYdA4Rtg[ 編集]
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