胃のかたち
上田信治による俳句研究。
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谷雄介「俳句抄」「からくれなゐ」を読む
谷雄介、落選展作品より「俳句抄」「からくれなゐ」

以前の作者の、にぎやかなスタイルの特徴は、語に対するフェティシズムにあったと思う。共感を呼びにくい、殺風景ないくつかの用語が、くりかえし使われる。好きなんだろう、それらの語が。曰く「国家」。曰く「雪崩」。曰く「鉄」。曰く「映画」。(あと多少湿っぽいところでは「海鼠」とか「母」とか「村」とか)。

しかし作者自身、それらの用語に託するものがあるのかというと、多分、あまりない。そのへんがかつての前衛派と違うナチュラル・ボーン・ポストモダニストなところだ(ありましたでしょ、前衛俳句的用語フェティシズム)。ただ、それらの語を繰り出してくる作者は、とても嬉しげだ。キーワードにウェイトがかかる作り方をしているので、そう見えるのだろう。その嬉しさには感情移入できる。

  初夢に中途半端な鉄ばかり    「正気の街」
  なすびよく油を吸うて課長の死  
  夕凪や映画の女つひに死す    「からくれなゐ」
  蠅叩きもはや属国かもしれぬ

ただ今年の「俳句抄」50句を読んで、作者は、もう違うところへ進み始めていると感じた。

  流氷の寄せてくるなり屏風裏  「俳句抄」(以下同)
  鳥雲に天井我を慈しむ
  春分の寝屋に柱の音すなり

冒頭の3句。キーワードをぶっつけるような作り方は、「正気の街」の延長だが、そのキーワードと見える語は「流氷」「屏風」「鳥雲」「天井」「春分」「寝屋」、つまり季語と日本家屋。もちろん、ここでは50句中のイントロとして建物つながりが意識されているわけだが、50句全体としても、季語の地位が向上し、それを迎え撃つ単語に、俳句として収まりやすい語(「食む」「暮らし」「こゑ」「返り見」etc)が選択されている。

季語と、俳句らしい用語とが、いろいろ位置関係を変えつつ照応し、イメージを形成している。これらの句は、「課長」や「映画」が「なすび」や「夕凪」を蹂躙しないがしろにする句群とは、だいぶ様子が違う。

  花烏賊や一湾といふ暮らしあり
  春空を鉄路は濡れてゐたりけり
  金屏風倒れ北方の春のごとし
  
俳句らしい用語と、俳句らしい巧みな言い方で、構成されたこれらの作品は、しかし、俳句らしさの陥りがちな予定調和からは、よく逃げおおせていると思う。それはイメージ自体の質によることはもちろんだが、それに加え、二つの彼らしい要素の働きも見逃せない。

一つは、過剰さ。「ゐたりけり」「倒れ北方の春のごとし」といった表現は、ひじょうに大げさであり、かえって、なにか大事なものを信じてないこの人は、という印象を与える。
もう一つは、ナンセンスなユーモア。「猿山に猿の尿意や明易し」とか「一本の柱を崇め夏休み」とか。これは、もう、そうせずにいられないのだと考えたほうが理解しやすいが、つねに片足を「非-本気」に置いていることを、メッセージしている。

以前の彼は、アンチ「俳句」的な語彙をことさらに導入することで、俳句らしさを異化しつつ俳句を書くという、その緊張を元手に書いていた。さいきんの彼は、あえて俳句らしい語彙と言い回しを使いながら、なお同等の「異化」を達成しようと実験をくりかえしている、と見える。

なぜそんな手間をかけるかといえば、それは、彼の含羞がそうさせるのだろう。(「含羞」は、天気さんが以前「屈託」と呼んだそれと同じものかもしれない)(この含羞は、ほんとうに彼の持ち物だという気がするのと同時に)(俳句らしさに対する含羞は、我々が、かなり広く共有する同時代性ではないかとも思う)。

彼が俳句の異化にしばしば失敗するのは、らしい言い方と、らしい用語で、本当にいいのが書けてしまう場合だ。

含羞がぶっとんでしまったような、いい句が、いくつか。

  春菊や日暮の父が摘んできし
  地震過ぎてこの輝きの夏の川
  吾のごとく君寝ねたまふ障子かな

たいへん俳句らしい、いい句がいくつか。

  壷焼に垂らす醤油の赤さかな
  噴水の向かうに近江ありにけり
  東の茫洋として鶏頭花

でも、僕がもっとも心動かされたのは、この句です。

  秋の川中部地方を流れけり

参考:天気さんブログ「谷ユースケ『正気の街』について」
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